なんで蔵元と杜氏は分かれてるの?(後編) | SACKET | 海外の飲食店・消費者と蔵元を繋ぐ、日本酒の情報インフラ
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なんで蔵元と杜氏は分かれてるの?(後編)

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伊澤 優花

2017/04/02

コラム前編(http://sacket.io/columns/8)
では、組織体制を論じる上でタイプを3つに分け、


新旧の対比として上げられることの多い蔵元杜氏と季節雇用の杜氏スタイルを、 各時代の歴史的背景ふまえて、なぜそうなったか、そういうことが長年行われてきたか、そしてそれぞれの特性、利点を考察してみました。


後編では、これからの日本酒業界の内的な事情に対する危機意識と、「CEOとCTOに学ぶ」というところを取り上げてみました。

優秀な人材の確保

造り酒屋にとって非常に重要な酒質を左右する部分を外部委託する3つ目の理由として、逆説的ですが、優秀な人材の確保と考えることもできます。杜氏・蔵人を輩出する地域では杜氏というのは社会的ステータスが高く、給料も良い憧れの職業でした。そしてそこに競争が生まれます。競争を勝ち抜いて杜氏になった人は優秀だったはずです。

一方、杜氏は必ずその蔵の息子がやると決まっていたらどうでしょう?蔵元の子が必ずしも経営者として有能で、杜氏としての適正があるとは限りません。全然向いてないかもしれないし、競争もない中で凡人がトップになっても大変です。毎回外から杜氏を招くということは、適切な人材を継続的に確保するためだったとも考えられます。

江戸時代の商家の相続

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1999年の東大入試の日本酒の問題に、「江戸時代の商家の相続」をテーマにしたものがありました。

 
1999年度 東京大学 第3問

次の(1)~(5)の文章は、江戸時代の有力な商人たちが書いた、いくつかの「家訓」(子孫への教訓書)から抜粋し、現代語に訳したものである。これらを読んで、下記の設問に答えよ。

(1) 家の財産は、ご先祖よりの預かりものと心得て、万端わがままにせず、子孫へ首尾よく相続するように、朝暮心掛けること。

(2) 天子や大名において、次男以下の弟たちはみな、家を継ぐ長男の家来となる。下々の我々においても、次男以下の者は、長男の家来同様の立場にあるべきものだ。

(3) 長男については、幼少のころから学問をさせること。ただし、長男の成長が思わしくないときは、これに相続させず、分家などの間で相談し、人品を見て適当な相続者を決めるように。

(4) 血脈の子孫でも、家を滅亡させかねない者へは家の財産を与えてはならない。このようなく場合には、他人でも役に立ちそうな者を見立て、養子相続させること。

(5) 女子は他家へ嫁がされるものだ。親の家に暮らす子供のうちから気ままに育てられると、嫁ぎ先の家で辛抱することができなくなり、これがついには離縁されるもととなる。親元で厳しくされれば、他家にいるほうがかえって楽に思えるようになるものだ。



  
設問
江戸時代の有力な商人の家における相続は、武士の家とくらべてどのような特徴をもったか。上の文章に見られる長男の地位にふれながら、5行以内で述べよ。

血よりも能力を優先させる

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日本史の知識と合わせて考えると、武家も商家も、長男による単独相続を理想としながらも、資料から読み取れるように商家の場合は後継者として長男がふさわしくない、つまり経営者としての資質・能力に欠けると判断した場合は親族の中から後継者を選び、それも無理そうなら養子をとってでも後継としてふさわしい優秀な者に相続させました。

 
江戸時代は天下泰平、武家は家禄(武家社会において、主君が家臣にあげた世襲制の俸禄)という安定した固定収入を得ているので、相続でもめて下手に御家騒動など起すよりも、長男が相続すると決めるのが安泰で良いとされました。一方で、経済が発達した、武士には平和なご時世はこそ、商家にとってはまさに戦いの時代。家の存続は経営状態に左右されるため、後継ぎには生まれた順序や血よりも能力が重視されました。

 
資料にもある通り、長男による相続を理想とするのは、血族への信頼と、後継者となるべき者には幼少期から帝王学を仕込むからだと思います。


現代は息子が自分の跡取りとしてふさわしくないと思ったら、優秀な若者を連れてきて娘と結婚させ娘婿に継がせるとか、早いうちに息子を見切って養子をとるとか昔のようにはしないですよね。

ポスト「偉大な蔵元世代」クライシス

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昔のようには杜氏制度は機能しなくなってきました。そして「偉大な蔵元世代」が築いてくれた、イケイケドンドンではないけど安定の時代。現代は蔵元の子なら女でも男でも望めば蔵元杜氏になれる時代です(当然それぞれの蔵の規模や経済状況にもよるので全部とは言いません)。良いことのように見えますが、私は結構心配してます。
 

いまやスター級の蔵元杜氏たちですが、この大先輩方は危機的時代の中で結果として蔵元杜氏となった苦労人で、修羅場を何度もくぐり、かつ勝ち抜いた人たちです。いま蔵元杜氏になるのとは訳がちがう苦難の道でした。同じように意を決して大改革に乗り出し、失敗して蔵を潰した蔵元もいたでしょう。


現代はそんな試練や選抜もなく、杜氏制度のような競争もなく、さらに親族間の競争(そもそもない場合も多い)も少子化で母集団が小さいので、実質なろうと思えば蔵元杜氏になれます。しかし蔵元の子だからという理由で経営と製造のトップになれたとしてもいい酒を世に出していく力があるのでしょうか。きつい言い方をすると、凡人が蔵元杜氏になっても仕方がない。

蔵元と社員杜氏の二人三脚型

蔵元杜氏のリスクは、経営と醸造技術という造り酒屋の2大柱の両方のトップに一人の人間が立つということですから、その蔵は蔵元杜氏その人以上のものにはなり得ないということろにあると思います。

失礼を承知で言うと、いろんな蔵元杜氏の蔵を見て、いいお酒を造っているし方針も良いけど、マンパワー不足で、「もっとできるはずのことをやりきれていない感が否めない」と感じたお蔵も少なからずありました。例えば造りの方ばかりに専念しすぎていて、もっと上手に世に出せるはずなのにうまく販売戦略が打てていなかったり、自分がいないと蔵が回らなくなるので外に出れず、新しい風が入って来にくい状態になっていたり。

この人はカリスマだ、経営と醸造両方のトップになってもやっていけるキャパの広さ、要領の良さ、器用さがある万能人だと思った蔵元杜氏ももちろんいますが、非常に稀有な存在です。

 
そんなカリスマは世に何人も居ません。
 
 
しかもスタートアップのように本当に才能のある人だけがのし上がるシステムではなく、今のところ蔵元は蔵元の子が継ぐと決まっているのでトップの選択の余地はほぼありません。そんな環境で蔵元全員に経営能力、醸造のセンスを求めるのは難しいのではないでしょうか。

酒蔵はチーム

Teamwork

ならば、蔵元一人で完結させるのではなく、チームの総合力で考えたらいい気がします。
ファミリービジネスの酒蔵とて一企業、チームで活動するものです。

 
また、蔵元には蔵元の子しか成れませんが、杜氏は蔵元以外の出自の者でもなることのできる、最高のポジションです。それを蔵元がとってしまうということは、蔵元の出自でない、酒造りに携わりたい者の夢を、モチベーションを奪いかねません。なので杜氏のポジションを蔵元以外の者に残すというのは、そういった理由や、社内で蔵人たちに切磋琢磨させることで優秀な人材を確保するという意味もあると思います。
 
 
近年、季節雇用の杜氏に変わって、杜氏も蔵人も社員として酒造りする蔵が増えています。それまでアウトソーシングしていたコア技術の内製化ですね。社員が酒造りする蔵といっても、その形は様々です。蔵元も酒造りをする場合もあれば、杜氏に一切任せているところもありますし、蔵元が酒造りにも理解があって、直接造りには参加しないけど杜氏と二人三脚でやっている蔵もあります。

 
まだ季節雇用の杜氏にも来てもらっていて、次期社員杜氏(蔵元杜氏)となる人と一緒に酒造りしながら技術の伝承をしているという蔵も。

 
どんな形であれ、互いに足りないところを補いあい、それぞれが自分の向いている分野で能力を発揮できるのがチームですよね。

CEOとCTOに学ぶ

Vision

冒頭の話に戻りますが、企業にもスタートアップから上場企業まであって、それぞれで組織の形が違うように、蔵元と杜氏、CEOとCTOのあり方も、それぞれに求められている役割も様々です。

 
たとえばとある企業のCTOは技術部門のトップとしてマネジメントが求められますが、それと同時に会社の舵取りをする経営者、役員でもあるので、現場でのマネジメント力だけでなく、先を見据えたビジョンが提示できること、ビジョナリーであることも求められます。規模拡大したときにも対応できるように、こういう仕様で進めていこうとか、数年後を見越して今のうちにこの技術を導入していこうとか、そういった高い視座に立った経営的視点も必要です。

 
さらに大きな会社のCTOであれば現場でコーディングすることから外れ、技術部門の総監督、そして経営者(役員)としての役割に徹し、現場のマネジメントは複数のリードエンジニアに任せるという形もあるでしょう。大きなお蔵の場合を考えると、リードエンジニア=洗米、麴などそれぞれのセクションの頭(かしら)というイメージでしょうか。

 
一方で創業したてのスタートアップでそもそもCEOとCTOしかいないとき、CTOに求められるのは誰よりも早くコーディングできることかもしれません。
若い後継者が蔵に戻ってきて大改革を行うというのは、スタートアップと通じるものがあります。
 

時代とともに、蔵元と杜氏の形も変わって来ますし、蔵のステージによってそれぞれに求められる役割も変わって来ます。
毎年35もの蔵が潰れていると言います。きっとまだまだ潰れていくでしょう。造れば売れる時代ではない今、意欲・体力いろんな意味で力尽きた蔵は潰れ、本当に実力のある蔵だけが残っていくのではないでしょうか。

 
そんな中、チームで酒蔵で考えるというのは今後さらに大事な視点になってくると思いますし、日本酒を売る、飲む方々にも注目していただきたい部分だと思っています。

 
造り手がいて、伝え手がいて、消費者がいて、いろんな人が日本酒に関わってそれぞれの役割を一生懸命やっているからこそ日本酒業界は活性化し、多様性をもち、面白いように、酒蔵も蔵元だけでなく、蔵元を支える番頭的存在や、杜氏、頭、蔵人、いろんな人がいてこそ面白いものです。

 
日本酒を知るということは、造り手を知るということ。蔵の中のメンバーにもぜひ注目してみてください。