日本酒のワインコンプレックス | SACKET | 海外の飲食店・消費者と蔵元を繋ぐ、日本酒の情報インフラ
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日本酒のワインコンプレックス

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伊澤 優花

2017/02/14

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前編で、わざわざ重回帰分析まで持ち出して日本酒はワインと別物だ、だからワインのフレームを当てはめているだけでは、日本酒は魅力は見えないよ、ワインと日本酒に共通する魅力はたくさんあるけど、ワインのメガネを外さないと見えない日本酒の美しさ、面白さも、たくさんあるんだよと言うことを書きました。


今回はワインと日本酒は別物というところから、なぜ日本酒は日本酒にしかない独自の価値、唯一無二のストーリーを訴えていかないといけないのかということを、日本酒の商品開発や海外の日本酒蔵の動向について考察しながら、世界市場における日本産日本酒のポジショニングについて考えていきます。

ワインと肩を並べたいのに、ワインを目指していても同等の存在には成れないジレンマ。

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飲食店でも、芸能人でも、ブランドでも、◯◯みたい、◯◯に似てるね!と言われる限り、◯◯以上の存在ではありません。第二の◯◯は所詮、◯◯の二番煎じ、◯◯の真似であり、あくまで◯◯に次ぐもの。◯◯という唯一無二の存在感をもつものと同等ではありません。


そう考えると日本酒も、ワインみたいと言われ続ける限り、つまり、日本酒は日本酒という唯一無二の存在であると認識されない限り、ワインと同等の存在にはなれない気がします。


日本酒を、世界でワインと肩を並べる存在になるということは、第二のワインではなく、長い歴史や文化に裏付けられた独自の世界観を持つ、ワインとは別の「本物」であると認められること。ワインが「偉大」なのは日本酒より味が美味しいからとかそう言うことではないですよね。ワインという唯一無二の文化、ワインの世界こそが「すごい」。


ワインみたいと言わる間は、日本酒はワインと肩を並べられていません。

ユーザーは何を求めているの?

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日本酒の蔵元は『よりたくさんの、海外の方に日本酒を飲んでもらいたい』と思っています。
そういうときによくやるのが、「ユーザーの意見を聞く」こと。しかしこの真っ当そうで、シンプルで、当たり前のように見える「ユーザーの意見を聞く」こそ、実はやっかい。


なぜかというと、ユーザーに聞けば顕在化しているニーズはわかりますが、時としてイノベーションや大ヒットを生み出すタネとなる潜在的ニーズ、ユーザー自身も『気づいていない』本当に求めているものは、ユーザーに聞いても見えてこないからです。ユーザーが気づいていないんですから。


例えばTwitter。いまや政治家、芸能人から小学生まで使う世界的サービスですが、そもそも「つぶやきたい」というユーザーの需要があって作られたサービスではありません。ユーザーは、Twitterというものを提案されて、体験してみて初めて、これいいね!と気づくものです。Twitterという文化に出会って初めて「これはクールだ!面白い!」、自分はこういうのが欲しかったんだと気づく。


ユーザーの意見、要求(よく『ニーズ』と言われるもの)を汲み取って商品開発を行うことをマーケットイン、それに対してメーカーが自社技術を生かせるもの、作りたいもの目線で商品開発を行うことをプロダクトアウトと呼んだりします。


もちろんユーザーが欲しくなさそうなものをメーカーは作りたいとは思いませんから、この二つは決して対立する概念ではありません。


お客さんが買いたいと思うもの、喜ぶものを提案したいという願いを同じくして、マーケットインはユーザーが必要としている「顕在化した欲求」を、プロダクトアウトはユーザーの行動から読み取って必要としているかもしれない「潜在的な欲求」を汲むものだと言えます。

「ユーザーの意見を聞く」の落とし穴。

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「ユーザーに意見を聞く」の落とし穴は、ブランドコンセプトが明確でない場合に、ユーザーの意見をあれもこれもと取り入れてしまった挙句、中途半端な、誰にとっても魅力的でない商品、サービスになることです。

海外のシェフを招いた、日本酒のメイカーズディナーの時の話です。日本酒はフルーティーでまるでワインみたいだねと評されると同時に、


「日本酒はアルコール度数高すぎ。ワインくらいの度数じゃないと料理と合わない」
「白ワインのようにもっと酸味を」
「日本語のラベルは読めないから分からない」


などの意見がありました。それを受けて「現地の方々からの貴重な意見を生かして、海外の人に受け入れられる酒を作りたい」と意気揚々とする蔵元も。

「ワイン最高」と信じている、ワインしか知らない人が、ワイン基準でしかコメントできないのは当然な気がします。それでフィードバック通り、ワインのような日本酒ができあがったとして、ワインもどきの日本酒、本当に喜んで飲んでくれるんでしょうか?


ワインみたいな日本酒飲むんだったら、本物のワイン飲んだほうがいいかもしれません。

ワイン感求めてるなら、自国の、安くて美味しい本場のワイン飲むのではないでしょうか。

日本酒の提供する価値って?

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ラベルだって、海外の人が読めるようにと英語にしたら売れるのでしょうか。

逆に日本輸出向けに日本語ラベルにされたフランスワインを考えると、カッコ悪くないですか・・・。お酒は味覚だけで味わうものではありません。ブランドの醸し出す雰囲気、ストーリー、文化。要望を反映させ利便性を優先させた挙句ダサいラベルになっては、せっかくの作品が台無しです。


ワインのラベルこそ、ある程度勉強しないと読めないし意味も分かりませんが、ワインのラベルが読める、ワインの知識があることは一つの教養と見なされ、そういったある種の敷居の高さ、奥深さこそワインを文化たらしめ、より魅力的にしていていたりします。


「こうしたほうがいい」と言われたと、安易にユーザーの意見を反映し、ユーザー満足度を上げようとした結果、本来持ち味のはずの魅力も下げることになりかねません。


ワインはいわば『世界的大ヒットロングセラーとなったプロダクトアウト商品』。これによってワインの持つ要素、コンセプトが『顕在化されたニーズ』として証明されました。すると、マーケットインの発想に基づき、この顕在化されたニーズ(=ワインのコンセプト)を汲めば一定のユーザーは確保できるということですから、ワインの要素を取り入れた類似品が世に多く送りこまれることが想像できます。


ワインみたいな日本酒ってこの類似品の流れですよね。蔵元が「ワインの類似品」になることを意図したわけでなくても、ワイン界からしたら、「主流である」自分たち、ワインの基準に合わせてきた訳ですから、そう見えてもおかしくありません。


元来、日本酒も紛れもなくプロダクトアウト商品ですので、ワイン界に合わせて作法、趣向をローカライズさせたという言い方もできます。

ローカライズの功罪

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寿司をアメリカに広めたのは江戸前寿司ではなくカリフォルニアロールであるように、何かを海外に広く普及させる有効な手段の一つがローカライズです。

ローカライズとはすなわち相手の世界の基準に合わること。日本酒をワイン文化圏に紹介するという場合においてこれは、相手の思考の枠組みに合わせ、ワインの飲み手たちがすでに知っている知識、常識やワインの価値基準に合わせることです。

商品開発では、現地の人にとって分かりやすい味、彼らが持っている美味しさの基準に近似させること。PRではワインの切り口から日本酒を紹介することで、相手にとって理解しやすいものにすること。日本酒はRice wineですよ、.ワインはブドウから造られるように、日本酒は米から造られますよ、といった必要最低限のことを、相手のものさしに合わせて伝えることで、すんなり伝わります。


カリフォルニアロールはいわば究極のローカライズ。SUSHIをアメリカの辞書に載せるほどの、もはや独自の発展を遂げアメリカに根付いた、アメリカ料理です。ソフトシェルクラブのフライをクリームチーズと一緒に巻いたロール寿司を揚げててんぷらにし、マヨやスパイシーソースをたっぷりかけたSUSHIはアメリカ料理でしょう。なんてったって、アメリカの心を感じます。


日本酒がただの嗜好品であれば、これで良いのかもしれません。しかし悩ましいことに、日本酒はただの嗜好品ではなく、自国を代表する文化・芸術でもあり、それがまた日本酒を日本酒たらしめている魅力だったりします。
 
カリフォルニアロールが寿司の繊細さ、日本の心を伝えたかというとそうではないように、ローカライズで文化を伝えることには限界があります。なぜなら独自の世界観、奥深さこそ文化の魅力なのに、そんな簡略化して伝えらるものなら、そもそも文化じゃないからです。


分かりにくさをはらむ、その文化特有の美は往々にしてローカライズの過程で殺されます。


またローカライズとは、相手に迎合するということでもありますから、国内向け、海外向け、地元向けとやたらローカライズしていたら、それはブランドとして一貫性の欠如でもあります。ローカライズが売りのブランドなら別ですが、往々にしてハイブランドの場合はブレずに一貫して、つくり手の哲学、思想、信念に基づいた商品を提供することがブランドの信頼を高め、ブランドの価値を高めますから、下手なローカライズはかえって仇となります。

「安い、フレッシュ、美味い」海外蔵の台頭

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今までは、日本から輸入した高品質なpremium Sake に対して、現地生産の日本酒はHOT SAKEやSAKE BOMBに使う安酒のように住み分けが今までなんとなくできていました。が、それは海外産日本酒が低品質だったときのこと。そんな構造もいずれ崩れます。
なぜなら、海外の日本酒がどんどん美味しくなっているから。


「気候も水も違うから」「米の栽培方法がなってないから」「日本酒のように複雑で繊細な酒は日本人にしか造れないよ」そんな通説も覆されていくでしょう。 


現在、アメリカ、カナダ、ブラジル、オーストラリア、ノルウェー、イギリス、台湾、韓国、中国、ベトナム、タイにも蔵があって日本酒を現地生産しており、その数、約30。


アメリカに関していうと大関、宝(松竹梅)、月桂冠さんなど日本の大手酒造メーカーによる大規模な現地生産は70年代後半〜80年代などかなり前から行われていました。私の両親がティーンの時代ですね。2010年代にはぞくぞくと現地資本や、日本メーカーとのジョイントによる小規模な蔵が建てられ、日本酒の生産を始めています。


アメリカで飲まれている日本酒の約80%はこういった現地生産のものです。(現地資本の蔵はほとんどマイクロブリュワリー級の小規模生産なので、日本の大手酒造メーカー3社(松竹梅、月桂冠、大関)が約55%を占めています)


海外産の日本酒、私も飲んでみました。


米国産山田錦を使用した松竹梅の純米大吟醸。びっくり美味しい。2015年から財務省によって「日本酒」と名乗れるのは「国産米や国内の水を使って国内で醸造された清酒」のみになりましたが、その味は「日本酒」そのものでした。

その他にもカナダのトロントにて”Izumi (泉) brewery “こと Ontario Spring Water Sake Companyにて、実験的に山田錦100%で仕込んでみたという純米大吟醸の生酒も飲ませてもらいましたが、これも美味しかった・・!!

以前現地産の普通酒を飲んでみてパンチを食らったり、現地資本の小さな蔵の酒を出されて、なんだこの異常な酸っぱさは・・・とド肝を抜かれ、お腹壊さないか心配になったこともありますが、現地蔵の酒がどんどん美味しくなっていると感銘を受けると同時に、日本の蔵に対して危機感を持たずにはいられない複雑な気持ちに。


現地蔵はいわばその国の「地酒」ですから、日本の蔵よりはるかにローカルを熟知しています。輸出コストのかかる日本産に比べて価格もうんと安くなります。(前出のアメリカ産純米大吟醸は50ドルでしたので日本産と比べても決して安くありませんが、今後生産が安定していくにつれ、生産コストも下がっていくはず。)


日本酒の大手メーカーの酒造技術とR&D(研究開発)の実力と、ベンチャー的現地資本の日本酒蔵の熱意と成長ぶりを実感すると、ローカライズだ、海外向けだ作っている日本の蔵の将来が心配になってきます。それに今は日本産だからって簡単に売れる時代でもありません(トランプ政権下で高い関税かけられたりして笑)。


現地蔵が、上質で低価格の日本酒をどんどん作り始めたら(絶対作り始める)どうなるでしょう?ワインがヨーロッパだけでなく、アメリカやニュー・ワールドで作られ始め、ワインの楽しみ、世界がひろがったように、きっと日本酒のマーケットが広がると思います。日本産の日本酒が品質面で現地生産と上下がつけられなくなる時代、日本の蔵は海外蔵にはない価値、真似できない唯一無二のストーリーを提供できてこそ、「本場」としての権威を持つことができます。


一方、日本産日本酒が独自のブランド力を持っていなければ、「安い、フレッシュ、美味い」の三拍子が揃った海外産のSAKEにはない価値を提供できなければ、海外産の日本酒に容易くシェアを奪われて行くのではないでしょうか?

世界のSUSHI市場の歴史に学ぶ

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ロール系寿司の発明、ローカライズによってSUSHIが普及した過程には、中国、韓国、米国資本による市場参入があり、それがまた市場を広げました。


そして寿司がSUSHIになった時代でも、日本人の作る寿司にはブランドがある。なぜならSUSHIとは違う価値を提供できているからです。現地系ロール寿司、フュージョン、本格江戸前寿司、括りでは同じ「SUSHI」だけど、それぞれが違う価値を提供しています。


世界のSUSHIになったときこそ、本場日本の寿司の価値が問われ、そして日本人の作る寿司はやっぱり、違う、素晴らしいと認められたときに、この大きくなったSUSHIの世界市場で、改めて日本人の作る寿司が求められました。訪日観光客が日本に来て楽しみにしていること不動の1位が「日本料理」であるように、日本食が世界に普及した今、本場の価値が高まっています。


また「二郎は鮨の夢を見る(Jiro Dreams of Sushi)」といったドキュメンタリー映画や、日本を取り上げたメディアなど現代ならではの情報発信の力に加速され、より日本の職人による寿司の価値が世界に認知されたことも見逃せません。

画像出典:http://jiro-movie.com

世界市場における日本蔵の戦略

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日本酒の世界的普及は、何も日本の蔵だけが担うものではありません。またその競争も、日本の蔵同士だけのものではありません。日本蔵は、海外の現地蔵との役割分担、差別化を考えた、世界市場でのポジショニングをより長期的視点で考えなければならないのではないでしょうか。


長期的視点で見た場合、ワインにもない、海外産日本酒にもない、独自の価値を訴えていかないといけません。ワインみたいなだけでも、ユーザーの意見を取り入れて日本酒を作るだけは日本産の日本酒に価値はなく、未来もない。


ワインの海外輸出量と日本酒のそれとでは100倍近い差があるように、産業、ブランド、文化面でも、ワインから学ぶべきことはたくさんあります。ただワインの作法をそのまま日本酒に持ち込んだり、当てはめるのは乱暴すぎるのではないかということです。他文化に同調することは、短期的には有効だけど、長期的に見た時、日本産日本酒の存在意義がかかった、独自の価値の確立にとって障壁になります。


共通部分もたくさんあるよと示しながらも、親近感を持ってもらいながら、ワインにはない独自性を魅せていく。海外PRでは、この「ワインにはない独自性を魅せていく」を怠ってはいけません。だから、ワインみたいと言われて、満足していちゃダメだということです。


日本の蔵には、現地蔵がどんなに頑張っても得られない、なん百年も続く、世界的にも珍しいファミリーカンパニーの歴史や、古くから日本と、そして人々と共にあった日本酒の歴史、醸造家が魅了されてやまない微生物・菌の世界、またその土地の水と、米と、人とで酒を作り続けてきた地域性というアイデンティティーとそれらに立脚した現当主の信念、思想があってのストーリー性、和の心・・・ユニークで素晴らしいものをたくさんもっています。


ワインにとってのぶどうは、日本酒にとっての造り手だとすれば、造り手にもっとフォーカスしてもいいでしょう。造り手を色濃く映し出す日本酒をよく知るには、造り手を知ることが早道かもしれません。

コラムへのオピニオン
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達磨正宗

達磨正宗の白木恒助商店、白木滋里です。日本酒のワインコンプレックス、興味深く読ませて頂きました。

たしかに、日本ではなぜか「ワインみたい」と他の酒類に例えることが多いような気がします。
日本酒の古酒も「紹興酒みたい」とよく言われますが、実際に比べてみるとあまり似ていなかったりします。

「〇〇みたい」と言われるのは、まだ日本酒自体が海外で認識されていないから、そして日本酒を熟成した「古酒」ならなおさらです。
でも、まだ海外で(日本でもですが)認識が低い古酒は、それ自身のすばらしさや、美味しさ、歴史や文化をしってもらい、堂々とご紹介していけばいいんだ!と前向きに考えを変えて先に進みたいと思いました。

南部美人

南部美人の蔵元の久慈浩介です。日本酒のワインコンプレックス、楽しく拝見しました。

その中で、ローカライズの話題がありました。日本酒は今、アメリカを中心にたくさんのミニブリュワリーが出来始めています。
当社でも2年間アメリカのアーカンソー州ホットスプリングス市からベン君というアメリカ人を製造の研修であずかりました。
アーカンソー州は山田錦や五百万石など、日本の酒造好適米がすでに栽培されている地でもあり、彼はその地元でアメリカ産の山田錦で究極のアメリカの地酒を醸したい、という夢をみて私の蔵で修業していきました。

私は、これは非常に素晴らしいことだと思っています。良く言われるのは「技術を盗まれるのでは」と言われますが、酒造りの技術は蔵が変われば同じことをやっても同じようにはなりません。
実際に東北の蔵元の技術交流はすごく盛んで、良いものはみんなで取り入れていく姿勢が全国新酒鑑評会で8年連続金賞受賞率日本一に輝いている結果につながります。
南部杜氏の技術を学んだベン君がアメリカの山田錦の産地であるアーカンソー州で究極のアメリカの地酒を醸したら、アメリカ人にとってもそのストーリーはすごく響くと思いますし、値段も私たちが輸出する同じスペックのお酒よりもはるかに安く販売できるはずなので、そのお酒が「おいしければ」間違いなくアメリカ人の日本酒初心者や、日本酒に関心があるけどまだ飲んだことが無い層に浸透すると考えています。

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